マクロの眼

プロジェクトエンジニアを僭称(?)中

(FB転載)レンボー 怒りの定期戦のナゾ

地下鉄東西線に久々に乗って、なにげに車内液晶情報板を見たら、不思議な表記を発見したですよ。

2018年1月31日

【れんぼう

仙台地下鉄東西線にて、「連坊」の読み方が「Rembo」、すなわち「れむばう」であることを知るなど。

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こりゃ、慶長遣欧使節団の支倉常長がスペイン側の資料で「Fasikura」となっていることから、17世紀の日本(というか奥州)人の発音に摩擦音があって「はひふへほ」は「fafifufefo(ファフィフフェフォ)」と発音されていたという言語学的仮説が提唱されていたのを思い出したぜ。。。

いや、どういう経緯でこの欧米表記になったのか。
いっそのこと、ヘボン式を完全に廃して「LEMBO」とかにすると、人の名前っぽくなってナイス

<補足>

連坊駅と言えば、副駅名が「仙台一高前」という名前の通り赤猿どもを収監していることで知られる魔界へのゲートですが、全く交通局め、わざわざこんな場所にシャレオツな表記をしやがってと、はなはだ善良なる一市民としては納得がいかないところ。さては交通局もエテ公(一高)に汚染されたか・・・と絶望になったですよ。

ところがある日、あるプロジェクトがらみでTripAdvisorで「ラーメンハウスれんぼー」を調べた(旨い)ところ、そもそも住所表記が「2-2-11 Rembo Wakabayashi-Ku, Sendai, Miyagi Prefecture」になっているではないか。

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な、なに・・・?駅名が「Rembo」になっているのは交通局の仕業ではなく、むしろ逆で、そもそもこの「連坊」の元々正しい英文住所表記は「Rembo」であって、それが駅名に採用されただけ・・・だと・・・?これは一体?

ここからは全くの推理になってしまうのですが、仮にそもそも連坊の表記が「Rembo」で、我々が知っているヘボン式ローマ字に則っていないとなると、この「Rembo」の表記はヘボン式が生まれる前から存在したもの・・・・?

ここはファーイーストリサーチ社「特命リサーチ200X」プロジェクト出身者として、謎を解かねばならぬ。

ローマ字の歴史を紐解くと、以下の可能性が微レ存

仮説1「戦後復活した国鉄の鉄道掲示規定の表記ルール(通称「駅名標ヘボン式」)に交通局が則った。

よく知られているとおり、新橋駅の英語駅名標が「Shimbashi」になっているように、「撥ねる音「ん」は「b」「m」「p」の前は「m」、その他は「n」(Wikipediaより)になっていて、駅名はそれに則った。しかしそれだと、元々2016年まで駅がなかった連坊地区の住所が「Rembo」であることの説明が付きません

となると、もともとここには駅があった

仮説2「現在の連坊地区には、大昔に駅があったため、その名残で戦前から英文表記がRemboになっていた」

よく知られているとおり、終戦前までこの地区には東北本線の駅がありました。戦前の鉄道省の駅名標が、いわゆる「駅名標ヘボン式」で制定されていたのは、1916年の鉄道掲示例規の広報から1938年の鉄道省通達まで。しかし、この期間に存在した駅は「連坊駅」ではなくて「三百人町駅」。連坊方面に引き込み線が引かれていたという話も聞いたことがありません。市電などが走っていた記録もない。

となると、このRembo表記は明治から戦前にかけての「訓令式ローマ字」や1885年の田中館愛橘式の「日本式ローマ字」ですらないかもしれない。そうなると、まさか・・・

仮説3「戦国時代のイエズス会式(ポルトガル式)ローマ字、あるいは江戸時代の和蘭式ローマ字により命名」

仙台開府が1601年で、現在の連坊界隈が寛永年間(1624~1645年)に町割りされたことを考えると、江戸時代式のような気もしますが、元和9年(1624年)にイエズス会宣教師の殉教が仙台藩広瀬川沿いで合ったことを考えると、ポルトガル式が使われてもおかしくないような気もします。

しかし、江戸時代にラテン語表記で「連坊」の住所を記録する必要や機会があるだろうか?となると、まさか・・・

仮説4「敗戦後の進駐軍が、発音そのまま『Rembo』と表記し、それがいつの間にか定着した」

一気に300年以上時代が登ってきましたが、占領期には今の榴岡公園が「キャンプ・ファウラー」として米軍が駐屯していたことはよく知られております。当然、この地域の詳細な英語表記地図が作られた可能性があり、当時「駅名標ヘボン式」に慣れ親しんだ日本人が連坊を「Rembo」と表記した(当時は時間や表記方法など、とにかく「国鉄」が日本人の行動・文化規範の軸となっていた)か、或いは進駐軍が発音そのまま「Rembo」としたか?

ナゾは深まるばかりですが、何となく、戦前の国鉄の影響説を取りたいところ。

なぜならカサマが国鉄が好きだから。

こうしてちょっとした歴史考察と思考実験の後、勝手にナゾを解いたことにして筆を置く、ある日のカサマのでした。

この記事を書いた人

笠間 建

笠間建 (コミューナ・トランスレーション・デザイン有限責任事業組合)

事業連携担当。
プロジェクトエンジニアを僭称(?)中。PEは本来は工場オペレーション用語ですが、調査分析・事業企画・計画・実行など、プロジェクト全般を広義に「エンジニアリング」してきたキャリアパスで、他に良い表現が見つからないので。2008年9月から2010年8月まで、社会人学生として東京で貧乏大学院生生活を送っていましたが、2010年9月に無事修了して仙台に戻ってきました。
趣味は自転車、旅行、写真。

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